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67回目の憲法記念日に大宮駅で街頭

本日は、昭和22年5月3日に現在の新憲法が施行され、翌年の祝日法によって5月3日が「憲法記念日」となってから67回目の憲法記念日を迎えました。
公明党の恒例となっている憲法記念日記念街頭を、さいたま総支部として大宮駅西口で、輿水恵一衆議院議員も参加しておこないました。

憲法記念街頭

私が大学で憲法を学んだ時は、法学部における必修科目であるのみならず、司法試験や外交官試験などの国家試験でも必修科目であったため、法学部の学生であれば、どの科目よりも憲法を真剣に勉強しました。
その99条にわたる条文の1つ1つはいうまでもなく、憲法の前文も一字一句まで詳細に学んだものです。
私が憲法を学んだ当時から言われていたのは、昭和22年5月3日に現行憲法が施行されたときとは時代状況が大きく変わっているため、環境権などの新しい人権を憲法に加えるべきではないか、ということです。
その意味では、わが公明党が現行憲法の3原則(3原則というときには、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の順番が正しい)を堅持しつつ新しい人権などを加えるべきだ、という「加憲」という考え方は、まったく当たり前のことである思います。

しかし、当時も今も、憲法学の「通説」からみれば、「集団的自衛権の行使」は現行憲法では容認されるものではない、ということはこれまた当たり前のことであり、これを認める学説は昔も今も少数派にすぎません。
ですから、学問的に見れば、「集団的自衛権の行使」を憲法解釈の変更によって容認させようとすることには、大きな違和感を覚えます。
とはいえ、時代状況の変化を考慮しつつ、集団的自衛権についてどのように考えていくのか、ということも含めて、わが国のあり方について国民的な議論をおこなっていくことは有意義であると思います。

私には、「憲法は神聖にして侵すべからず」というように、一部の人たちが主張しいている「憲法は絶対に変えてはならない」というような「憲法絶対主義」の考えは、まったくありません。
憲法記念日をきっかけに、私たちの国はどうあるべきなのか、そして、憲法も時代に応じて変化していくことも必要だ、という冷静な議論が全国民的規模で盛り上がっていくことが、大切であると考えております。

なお、私自身はかつてブログでも明言したとおり、集団的自衛権の行使を憲法解釈変更によって認める、ということには反対です。
認めるならば、国民的な議論のうえで、憲法9条の改正という正攻法によって堂々とおこなうべきだと思います。
そして、それが国会で3分の2以上の賛成が得られなかったり、あるいは、得られても国民投票で否決された場合は、その国会や国民の判断に従うべきであると思います。

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