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NHK大河ドラマ「平清盛」に見る時代を動かす力

今年1月から始まった「平清盛」を録画していた第1回と第2回分を、ようやく見終えることができました。
昨年の「江〜姫たちの戦国」もそうでしたが、歴史というのは、あとから振り返ってみると、そのときの決断や行動が間違っていた、という評価をくだすのは簡単ですが、しかし、その時代の真っただ中にいる人間にとっては、そうした決断や行動が未来にプラスになるのかマイナスになるのかは、わからないものです。

しかも、歴史には「もしも、こうしていたら……」あるいは「もしも、こうしていなかったら……」ということを考えたとしても、そのような場合にどのような未来を生み出していたのかを知ることが不可能であるがゆえに、違った選択をしていたらもっとよかったかもしれない、ということもいちがいには判断できmせん。
たとえば、徳川家康が「徳川家の世」をつくるために禍根を残さぬよう、豊臣家を根こそぎ滅ぼしたことがよかったのかどうか――それは、誰も実証できないのと同じです。
おそらくその時代の真っただ中にあっては、多くの人々は、豊臣が栄華を誇ったのがつい最近のことだっただけに、さまざまな評価が錯綜したことと思います。
しかし現代からみれば、おおかたの人は、家康の判断は正しかった、と評価するのではないか、と思います。

新しく始まった「平清盛」も、そういう場面がたくさん出てくることでしょう。
もちろん、ドラマですから、脚色されたフィクションの世界ですが、しかし、フィクションの奥にある、歴史の主人公たちの行動やその心理を想像することはできます。
歴史が動くときというのは、常になんらかの大きな必然的流れというものがあります。
平清盛が、「王家の犬」とさげすまれていた武士の存在を高め、武士が権力を握る世の中に変えていく過程には、大きな時代のうねりに乗っていたということもあるでしょうし、清盛という人間の力もあったでしょう。
どの時代であっても、時代を変える人間というのは、並外れた意志の力が不可欠であることは間違いありません。
この清盛の「意志の力」とはいかなるものであったのかを、今回のドラマを見ながら楽しみに考えていきたいと思っています。

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