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若すぎる友の死を悼む

本日は、久しぶりにゆっくりとした午前中の時間を過ごしました。
深夜に、議会の一般質問原稿を書き上げたこともあり、朝は8時頃にゆっくりと起床。
そして、天気がよかったこともあり、久しぶりに自宅であるマンションの前の公園を愛犬とともに散歩しました。

ナナちゃん

マンション

そして、午後は地域の方へのあいさつ回りをしたあと、夕方から、私と同じ49歳でガンで亡くなった方の通夜に参列いたしました。
私が30代の頃から一緒に活動をしていた方だけに、その方がガンに侵されてからというもの、何度もお見舞いして、励ましてきた方です。
それだけに、本当に残念でなりません。
その夜、NHK大河ドラマ「平清盛」を、これまた久しぶりにオンエアで見ることができました。
平氏も源氏も、肉親の首を棟梁自らの手で斬らなければならない、という非常の定めに苦しむ清盛と義朝。

人は、いずれ死ぬことは必定です。
では、死ぬまでに何をなすのか、あるいはなさずに終わるのか。
自らの寿命を知ることができないなかで、生きている限り、その問いから逃れることはできません。
ならば、いつでも臨終の覚悟で生きるしかない。
そう思わざるを得ないということを、友の死とドラマを見つめながら、感じた次第です。

さあ、明日は、市議会の本会議で一般質問です。原稿は完成しました。
しかし、人生では原稿の完成の前に、命果てることもあります。
いつそうなってもいいように、今なすべきことを今、全力でやるしかない。

最近、亡くなった映画監督の新藤兼人の最後の映画では、「今生きている人は、今を生き抜いていくしかありません」というセリフがありましたが、まさにそのとおりだと思います。

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