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新党の政策の中身、政治家の中身がどうなのかを注視すべき

石原都知事(10月31日に都議会が辞職を承認するまでは現職の知事)が25日に突然辞任の発表をおこない、石原新党結成に動き始めました。
これにより、大阪に本部を置く日本維新の会と石原新党は来る衆院選の台風の目となるかもしれません。
こうした動きは、現在の「動かない政治」「決められない政治」に陥っている日本の政治に風穴を開けようとするものととらえられます。
その信念はよし、と評価できますが、問題は政策の中身であり、さらにいえば、その新党の政治家の中身です。

石原都知事の辞任会見をみてみると、「官僚支配の打破」ということを最も強調されていたと思います。
この言葉は、3年前の衆院選のときに民主党が掲げた「政治主導」ということと似ていると思います。
要は、官僚支配の打破にしても政治主導にしても、それをどのように実現していくのか、ということです。
民主党政権は、政治主導の名のもとに、官僚を排除しようとして政治そのものを混乱におとしめてしまいました。
官僚支配の打破ということも、それ自体は私も賛成ですが、ではどのように実現しようというのか。
そこを詳しく聞いてみたいと思います。

そして、石原さんにしても橋本さんにしても、かなりワンマンな方であるという印象があります。
実際に、石原さんの辞任会見の翌26日、当初は会見を中止するといっていたのを変更して会見に臨んだ内容は、都知事としての最後の会見であるにもかかわらず、これまで14年にわたって自分を応援し、支えてくれた都民や都の職員に対するお礼の言葉は一切なく、新党をめぐる周囲の国会議員に対する不満を爆発させるという内容に終始したそうです。
そして、「次の約束があるから」ということで20分で会見を打ち切り、姿を消しました。

「論語」のなかには「政(まつりごと)は正(せい)なり」という言葉があります。
また、中国の「中庸」という書物のなかに「政(まつりごと)を為(な)すは人にあり」とあります。

前者は、政治をなす人間は正しいことをおこなう人間でなければならない、ということであり、後者はよい政治をおこなうにはすぐれた人材でおこなわなければならない、という意味です。
何を言いたいのかといえば、政治家のリーダーは当然、強いリーダーシップを発揮しなければなりませんが、それはワンマンな独裁ということではありません。
人としての正しいおこないが求められる、ということです。
そして、リーダーだけがよくてもだめで、そのリーダーのもとに集まる政治家もすぐれた人材でなければならない、ということです。

これまで戦後の日本の政界には、幾多の新党が生まれては消えていきました。
いっときのブームで大きくふくれあがっても、中身がともなってなかったからだと思います。
今の新党も、その中身がどうなのか。
それが問われねばならないと思います。

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