ブログ

政治が変わる、とは、何が変わることなのか

政治というと、人によりさまざまなイメージがあります。
ただ、多くの方は国会とか内閣に象徴される、国政をイメージするのではないかと思います。もちろん、政治家の頂点は内閣総理大臣であり、その国政を動かすのは国会ですから、それは当然のことでしょう。
では、政治というのは、何をおこなうものなのか。そして、それはどうおこなわれているのか。つまり、政治とは何か、というとどうでしょうか。
糢糊曖昧として、具体的なイメージを描くのは難しいのではないでしょうか。
実際に、議員である私自身、「政治とは何ですか?」と問われたら、即答に窮すると思います。
しかし、ここに政治に対する誤解が入り込んでくる隙間があるのではないか、と思います。

政治に不満や不信感を持つ人は、よくこう言います。
「政治は、何をやっているんだ。何もやっていないじゃないか」
「東日本大震災の復興をもっと早くしろ」
「自分の暮らしが苦しいのは、政治が悪いからだ」
「もっと景気をよくしろ」
「もっと税金を安くしろ」
「もっと保険料を安くしろ」
「もっと年金を多く支給しろ」
などなど。

確かに、国民の暮らしをよくするのは、政治の最も大切な課題です。
そのために、そのときどきの景気を判断しながら、対策を考え、実行しなければなりません。
しかし、景気や経済というのは、簡単にはいきません。
政府ができる景気対策というのは、大きく分けて実物経済と金融の2つの部門があります。
実物経済部門の景気対策というと、その代表的なものは公共投資です。
しかし、かつてのように景気が悪くなると公共事業をふやせばよいか、というと、すでに多くの人から批判されているように、公共事業をふやしても、その経済効果は限られております。
さらに、公共事業をふやすお金は、赤字国債を発行して作るしかないため、財政をますます圧迫してしまいます。国債の発行をふやしすぎると、それが金融部門にも影響を与え、それがひいては景気にも悪影響を与えかねません。


では、お金のあまりかからない金融政策を重視すればよいのか、というとそういうわけにもいきません。
金利や流通マネー量を調整しても、現在のようにすでにゼロ金利政策を取り続けている状況下にあっては、景気対策をしようにも、これ以上金利を下げることはできないのです。

では、減税政策はどうか、というと、必ず評論家やマスコミから判で押したように「タンス預金に回るから、減税効果はない」と批判されます(私は、必ずしもそうではない、と考えていますが)。

そこで、景気対策として最近、浮上してきたのが、住宅や車や家電への消費が増えるようにするための住宅ローン減税や、エコカー減税や家電エコポイントなどです。
これらは実際に、消費をふやす効果があり、景気対策としては有効でした。
しかしこれらの政策の欠点は、住宅や車や家電に関係する業界はいいけれども、それらに関係のない業界には恩恵がない、ということです。

こうして考えてみると、景気対策をやれ、というのは簡単ですが、有効な景気対策はどうすればよいのか、というのは、非常に難しい、ということです。
そのなかで、何もしないわけにはいかない以上、何かを考え、そして実行しなければなりませんが、「これ」という手段がない状況下では、何をやっても、批判は免れません。

これらは景気対策の一例ですが、そのほか、社会保障や少子化対策、環境対策、教育政策、労働政策など、さまざまな政策分野で、難題は目白押しであり、どれ1つとっても、「これ」という政策があるわけではないなかで、何かをやらなければならない、という困難さがあります。
そうしたなかで、「政治が変われば、もっと暮らしがよくなる、日本がよくなる」と簡単にはいえないということがわかるのではないでしょうか。
しかしだからといって、政治に何も期待できない、と言っているわけではありません。
政治に対して、できもしない期待をしても意味がない、と言いたいわけです。
それよりも、政治が直面する現代の日本の課題について、私たちはもっとよく知らなければなりません。
難しい政策は、自分たちで考えるのは面倒くさいから政治家たちにまかせておけばよい、という時代ではないからです。

そして、私たちの国が直面している課題をどう解決していけばよいか、という意識が国民全体として高まっていき、そのための政策を取捨選択する議論が高まっていけば、ベターな選択を国民も納得して受け入れることができるようになるのではないか、と思います。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


PAGE TOP