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姜尚中・東大教授のいう「悩む」ことの意味とは

本日は、午前中、地域のあいさつ回りをおこない、夕方から、雨の中、大宮の「氷川の杜文化館」でおこなわれた「箏の響き 七夕の夕べ」を鑑賞しました。
ちょうど、大雨が降っている最中での開催となってしまいましたが、会場内は満杯となっており、中島美都里さんのすばらしい琴の演奏を堪能いたしました。
この中島さんは、私と同じ南区にお住まいで、私の自宅とも比較的近く、そうしたご縁でお会いする機会があり、本日の演奏会に参加させていただいた次第です。

帰宅してからゆっくりと本日の新聞各紙に目を通していると、前にも本欄で紹介したことのある、姜尚中(カン・サンジュン)・東大教授が「スタートライン」というインタビュー記事に登場しており、思わず目が釘付けになりました。
4年前に出版された「悩む力」がベストセラーになり、最近、その続編として「続・悩む力」を出されました。
インタビュー記事のなかで姜尚中氏は、
「人間は生きる意味を考える時に悩みます。ゆえに、悩むことは人生を豊かにする。悩めることは幸せなのです。……悩む力こそ、現代を生きるための重要な柱なのです」
と、政治学者としてではなく、哲学者・姜尚中の智慧の言葉を披露します。

そして、生きる意味をつかむためには「心の底から信じられるものを持つことです。これは信仰にも通じてくる。」
と述べます。
そして、多くの日本人が無宗教になった原因として、戦前・戦中に軍国主義と神道を一種の宗教のように信仰した結果、日本は手痛い敗北を喫しました。そのトラウマから、宗教から遠ざかるようになった、と述べます。
この点については、姜尚中氏と私とは見解が異なります。
戦後の昭和20年代は、宗教を信ずる人は国民の70%以上もいたからです。ところが、昭和50年代になると、30%ぐらいに低下していることから、戦前・戦中の国家神道によるトラウマも多少はあるものの、それ以外の理由が大きいと思っています。
私なりにその理由をいえば、人の弱みに付け込んで詐欺まがいの宗教が戦後、雨後の竹の子のように増えました。それゆえ、人々が宗教から遠ざかり、さらに宗教を蔑視するようになったのではないかと考えています。

さて、私が姜尚中氏の言葉で大変、共感した発言は、以下の部分です。
「(現代を生きる上で気を付けるべきことは? という質問に対して)あらゆる事物への不信感がはびこる時代、若い魂はデモーニッシュ(悪魔的)なものにからめ捕られてしまう傾向が強くなる。右か左か、二者択一の極論ではなく、その中間を探ることです」
この意味を私なりに考えると、デモーニッシュ(悪魔的)なものとは、オウム真理教ばかりではなく、たとえば閉塞した世の中を思い切って変えてしまいたい、という欲求を満たしてくれるような言葉をばらまく政党などにすぐに騙されて飛びついてしまう、という傾向もあてはまると思います。
そういうものにすぐにとびつく前に、現実と向き合い、とことん「悩むこと」が重要である、というのが姜尚中氏の言いたいことではないかと思います。

最後に姜尚中氏は、こう言って締めくくります。
「未来は不確実なもの。しかし、過去は確実である言い切れます。
未来の幸福は、正しい過去の積み重ねの上にしか築かれない。
ゆえに、現在を一生懸命に生きることが重要なのです。」

ここに至って、姜尚中氏の哲学は「臨終正念」という生命哲学に限りなく近いところまで到達していると感嘆いたします。
久しぶりに姜尚中氏とお会いして、お話しをしてみたくなりました。

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