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台風18号接近のなかで

昨日は、公明党埼玉県本部の県本部大会が東京・南元町の公明会館で開催されました。
そこで、県本部の体勢として引き続き、西田まこと県本部代表として指揮を執ることが決定し、そのほかの役員体制も承認されました。
私は役員として12時過ぎ頃に公明党本部に行くことになり、すべてが終わってさいたま市に戻ってきたのは午後5時過ぎでした。
帰宅して午後7時から9時近くまで、あいさつ回りで支持者の方々を20軒ほど回ってまいりました。

そして本日も午後1時過ぎから約1時間30分ほど、支持者の方々のあいさつ回りをおこなうなど、台風の近づく雨のなか、地域を回っておりました。
朝から雨が続いておりましたが、幸い、道路が冠水するようなところは見当たりませんでした。
このような大雨でないかぎり、累積雨量が多くても、住宅浸水などの被害はない、ということが確認できたわけです。
しかし、明日の朝からお昼頃にかけて、台風18号が関東に接近するとの予報なので、心配です。
明日も、議会の決算・行政評価特別委員会があるので、朝から議会に行きますが、浸水被害などが出ないことを祈っております。

さて、夜は久しぶりにNHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」を見ました。
歴史物というのは、作者によって人物像が異なるので、それをそのまま鵜呑みにして評価することはできませんが、この大河ドラマの作者は石田光成をかなり悪者として扱っております。
ただ、このドラマを見ていて、私がいままで疑問に思っていたことが氷解しました。
その疑問とは、関ヶ原の戦いのとき、豊臣秀吉子飼いの武将たちの多くが徳川家康の側についたのはなぜなのか、という疑問です。

現在の私たちから見れば、関ヶ原の戦いによって、徳川に天下が移ることが決定的になったわけですから、秀吉子飼いの武将たちがなぜ、家康の天下取りに手を貸したのか疑問だったのです。
しかし、「軍師官兵衛」を見ていると、秀吉の右腕として権勢をほしいままにした三成に対し、秀吉子飼いの武将たちが不満と恨みを募らせていったことがよくわかります。
そのため、「三成憎し」の感情が、家康に味方する大きな原因となったのだとわかりました。

天下が大きく動くとき、その背景にはさまざまな要因がありますが、客観的な判断よりも、このように私的な感情が大きな原因となることがあることを、歴史が教えてくれています。
これは、さまざまな団体においても、あるいは国の行く末を考える際にも、1つの教訓になるのではないかと思いました。

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