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児童虐待を防ぐために――深層心理の世界からみた児童虐待の心理(その1)

近年、児童虐待で子どもを殴ったり蹴ったり、あるいは食事を与えずに殺してしまった事件が、しばしばニュースで報道され、世間を賑わせております。
そうした児童虐待事件が起こるたびに、「子どもをきちんと育てられない、残虐な母親や父親が増えてしまった」というコメントや、児童虐待から子どもを守るための児童相談所が、相談員が足りなくて十分に保護活動ができない、などといった、現象面だけを追った話題が飛び交います。
しかし、児童虐待をしてしまう母親や父親、あるいはそのほかの大人の心理についての議論が欠落しているように思います。
そして、そこに光を当てなければ、児童虐待についての真の理解もできなければ、児童虐待を減らしていくための真の対策もできないと思います。

私は、かつて教育雑誌の編集をしていた時代に、これまで何百人もの人たちの「心の傷」を回復してきたセラピストの方から、児童虐待の問題についてうかがったことがありました。
そこでうかがったお話しは、児童虐待をしてしまう大人の心の奥深い部分、つまり深層心理を解明したものであり、大変に参考になる話だったので、ここで紹介したいと思います。

まず、深層心理学の前提として、人間の心には、意識の領域と無意識の領域がある、ということを理解しなければなりません。
意識というのは、私たちが日ごろの生活の中で思考したり、喜怒哀楽を感じる心の部分なので、説明しなくてもわかると思います。
問題は、無意識です。
無意識というのは、意識よりもはるかに奥深く大きい領域であり、意識を支配しているものです。逆に、意識は無意識を支配することはできません。
意識によって人間を動かすエネルギーよりも、無意識が人間を動かすエネルギーは圧倒的に強く、はるかに大きいからです。

人間は、意識の領域に存在する「理性」によって行動することがありますが、しかし、理性によってのみ行動するわけではありません。
ときとして、理性なんかがぶっとぶような強烈な衝動に突き動かされて、理性と反対方向の行動をしてしまうことがありますが、それはまさに、無意識によって支配されてしまうからなのです。
たとえば、人には親切に振る舞い、暴力をふるったり殺してはいけない、ということは、理性によって誰でもわかっています。
しかし、「こんなことはしてはいけない」と理性ではわかっていても、その「してはいけない」という行動に駆り立てられて、自分を抑えられない状態に陥ったとき、それは無意識からの強烈なエネルギーが人間を「衝動」という形で突き動かしているときなのです。

セラピストのおこなうセラピー(心理療法)とは、さまざまな心の問題を抱えて訪れるクライエント(援助を受ける人)に対して、その人の悩み事を聞いてアドバイスをする、というような人生相談とはまったく違います。
クライエントが抱える心の問題を解決するため、その人の無意識の領域に踏み込み、心の問題を引き起こしている「心の傷」を探り当て、その「心の傷」を癒して回復する作業が、セラピストの仕事なのです。
この「心の傷」ということを理解できなければ、どんなに一時的・表面的に問題を解決したとしても、それはあくまでも一時的・表面的なことにすぎず、いずれは同じ心の問題を何度も繰り返してしまうことになります。

そこで、児童虐待をおこなってしまう大人の「心の問題」について考えてみましょう。
児童虐待する大人は、普通の大人と違った思考回路があって、「子どもに対して殴っても蹴っても、あるいは食事を与えなくてもよい」という考えの持ち主なのでしょうか?
それは違います。児童虐待する大人でも、一般論としては「子どもを虐待してはならない」ということを理性ではわかっているのです。
つまり意識では、そういうことはしてはいけないことだ、とわかっているのです。

では、わかっているのに、なぜ、自分の子どもや、あるいは愛人の子どもを平気で虐待し、殺してしまうのでしょうか?
そこに、深くて大きな「心の問題」があるのです。
この「心の問題」が、ニュース報道では、「異常な人格」とか「心の病気」などという形で理解されているようですが、そういう理解では、本質を見誤ってしまいます。
児童虐待にかかわらず、たとえば「秋葉原無差別殺人事件」の犯人や、銃器の所持が認められているアメリカなどの海外で起こる銃を無差別に人に向けて大量に殺してしまうような事件の犯人は、精神が異常である、として片づけられてしまいがちですが、深層心理からみたら、実は、児童虐待をしてしまう大人の心理と非常によく似ているのです。

どういうことかというと、「精神の異常」をもたらしている原因が、さきほどの「心の傷」にあるからです。
無意識のなかに、もしも大きな「心の傷」があれば、その傷の痛みは、なんらかの形で意識に働きかけてきます。
無意識からくる「心の傷」の痛みが意識に働きかけるとき、その痛みや苦しさを逃れようとして、強烈な衝動に襲われてなんらかの行動に走ります。
心の深いところにある傷が、痛くて痛くて仕方ない状態から逃れようとして、その痛みをやわらげるために起こす行動というのは、2通りの行動バターンとしてその人を突き動かすのです。
1つは、自分で自分を傷つけるという「自傷行為」。
もう1つは、他人を傷つけるという行為です。
「心の傷」を持つ子どもに、この後者のパターンが表れた場合、家庭内暴力であったり、自分よりも幼い子どもを傷つけたりあるいは殺したり、いじめをおこなったり……という問題を引き起こします。
そして、大人の場合には、児童虐待であったり、DV(ドメスティック・バイオレンス)であったり、あるいはさきほどの「秋葉原無差別殺人事件」であったりするわけです。

つまり、「心の問題」を引き起こしている「心の傷」を癒し、回復することに目を向けずして、表面的なことに目を奪われているだけでは、いつまでたっても、児童虐待やDV、さらには秋葉原無差別殺人事件のような事件や問題を減らすことはできないのです。
そこで、どうすれば「心の傷」を癒していくのか、ということをセラピストの話に沿って、次回、解明したいと思います。

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