ブログ

何年も何十年も会っていない方にも年賀状を

昨日は、私の住むさいたま市南区以外の方々への年賀状を書いて、投函いたしました。
公職選挙法の規定により、さいたま市南区の方には年賀状を出すことは禁止されているので、それ以外の地域の方に出したわけです(ただし、返礼を自筆で出すのはOK)。

「えっ? いまごろ年賀状を出したの?」と思われるかもしれませんが、これまで会社員だった頃の私は、毎年12月28日の仕事納めの日に年賀状を書くことを1年の最後の締めくくりの仕事にしていた習慣がしみついているのです(^_^.)
この私の習慣が、私のほかに妻や息子や娘にも伝染したのか、わが家は4人ともそうです。
ちなみに、昨日年賀状を投函したのは私だけで、わが家のほかの3人はまだ宛名を印刷もしてなければ、文面に何も書いていないようです(おそらく、彼らが投函するのは今日の夜か明日でしょう)。

さて、会社員だった頃に仕事でおつきあいさせていただいた方々のなかで、いまだに年賀状だけのやりとりを続けている方が少なからずおります。
そのなかで、今でもテレビや新聞などのメディアにもときどき登場するような学者やジャーナリストの方に年賀状を書くたびに、仕事でお会いしたときのことを思い出します。
私としては、相手からの返事は期待せずに自分の近況報告のつもりで書いているのですが、ご丁寧にいつも返事がかえってくるのです。

マスコミで売れている知識人のなかには、さまざまな人間がいます。
なかには「おれは、偉いんだ」という意識があふれ出しているような人間もいます。
そういう人と会うと、「取材に応じてやっているんだ」という意識が言葉のはしばしに表れており、とても鼻持ちならない気持ちにさせられます。
特に、学者という肩書でも、テレビによく登場する売れっ子になり、なかばタレントのようになった人間は、そういう傾向が強いと感じます。
そういう人間に限って、発言内容も思いつき程度で、中身のない話をされたことがよくありました。

そんなときは本当に困りました。
こちらから取材を申し込んだ以上、記事にしないわけにはいかず、かといって「どうやって、記事にまとめたらよいのか」とライターと一緒に悩んだものです。
そういう人にも、その仕事をした翌年には年賀状は出すのですが、もちろん返事が来たためしはありません。

しかし、著書もたくさん出していて、テレビや新聞などにも解説者としてたびたび登場するほど多忙な人であっても、私のような一介の編集者に対してきちんと年賀状を書いて出してくれる人もいます。
そんなとき、とても驚きます。
「あんなに忙しい人なのに、私のような者にまで返事を書いてくれたんだ」と。
その意味で、年賀状というのは、その人の人間性の一端が表れるものだと、いつも感じておりました。
今回も、年に1回の年賀状を通して24年余にわたる私の編集者としての人生を振り返り、なつかしい思い出にしばしひたりました。
もう何年も何十年も会っていない人も多いのですが、「この人は、この前も雑誌に出ていたな」「あの人は、いまどうしているのかな」と思いつつ、1枚1枚、丁寧に近況報告を書いて出しました。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


PAGE TOP