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不自由な体で歩きながら

本日は、朝7時に、小学校の通学路で以前から危険が指摘されていた地域の現場を見に行きました。
そのあと9時に企業へのあいさつ回りで訪問し、11時には道路の安全対策について相談するため、浦和警察署へ。
終わってから、市議会の公明党議員室で書類を整理。

そのあと、午後1時からさいたま市議会の「政策条例プロジェクトチーム」の会議へ。
そのあと、カーブミラーの依頼など市民相談の件で、区役所へ。
そのあと、公明党さいたま市議団の団会議で再び、さいたま市議会の公明党議員室に。
そのあと、スクールゾーンについて相談されている現場へ行って、周辺を視察。
そして、最後に支持者から頼まれていた書類を届けて、夜9時過ぎに帰宅しました。

その間、一昨日痛めた左足がまだ少し痛むため、左足をびっこをひきながら歩き、そして階段をのぼりおりするときには、一段一段、ゆっくりと左足をかばいながら動きました。
油断していつものとおり歩こうとすると、途端に左足に激痛が走り、とても痛い思いをしました。

思い通りにならない体で、痛みをこらえながら活動することは、結構つらいものです。
よく、「病気になった人の気持ちは、病気になった者でなければわからない」と言いますが、けがで体が不自由になって初めて、障害をもつ人の気持ちの万分の一でも思いやることができるような気がします。
五体満足な人は、けっして障害者の気持ちがわかりません。自分が同じ状態にならなければわかることはありません。
その意味では、身体障害者の父の気持ちや、父に限らず多くの身体障害者の方の気持ちを、私は思いやることがあまりにも少なすぎたことに気づきました。
そういう意味では、今回の左足の激痛も、何か意味があったように思います。

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