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なんのための節電なのか?

今日は、さいたま市で34度の猛暑日を記録。大変暑い一日でした。
しかし、これほど暑い日でも、高齢者は節電のためにクーラーをつけるのをがまんして過ごす人が少なくない、ということがニュースで報道されていました。
しかし、節電のためにクーラーをがまんして、その挙句に熱中症になって病院に搬送されるようなことがあったならば、電力を節約する以上に、犠牲が大きすぎるような気がします。まさに「本末転倒」の事態ではないでしょうか。

私は、思うのです。節電は確かに大切です。しかし、「なんのための節電」なのかをもう一度、確認する必要があるのではないでしょうか?
節電がなぜ必要なのか、といえば、その最大の理由は、福島原発の事故による電力供給不足によって、電力需要のピーク時に電力供給が不足してしまい、首都圏全体が停電になってしまうことを避けるためなのです。
ということは、電力需要のピーク時には確かに節電する必要がありますが、それ以外の時間帯(たとえば朝とか、夜)は、それほど節電をやかましくいう必要はないはずです。
ところが、今や時間はかまわず、24時間常に節電をしなければ、まるで一種の「非国民」であるかのように非難される印象があり、すべての国民が一斉に「右へならえ」で節電をしなければならないような思わされています。
これは、はたして正しいことなのでしょうか?
私は、大いに疑問です。現在の節電は、原発による供給不足に対する措置、という表向きの理由とは別に、その裏側では、「行政の財政支出を抑制するために国道などの街灯を消灯する大義名分に利用」されているような気がしてなりません。
その一例が、以前に本欄で申し上げた、国道の街灯消灯の問題です。
この国道の街灯消灯によって、歩道を通行する歩行者や自転車がどれほど危険な思いを強いられていることでしょうか。
前述の、高齢者の「熱中症」問題も、過度な節電への呼びかけの犠牲者のような気がしてなりません。
医者のコメントを待つまでもなく、熱中症対策として適度な水分補給以上に、クーラーが熱中症対策に最も効果的であることは明らかなのですから。

もちろん、無駄な電気は使わないにこしたことはありません。しかしだからといって、熱中症になってしまって健康を損ねたり、さらには命の危険にまでさらされるような「節電」に一体何の意味があるのか、もう一度、よく考える必要があると思います。

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