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お盆の墓参りと日本人

毎年、お盆の季節になると、墓参りであちこちの墓苑が盛況になります。
これは、日本独特の恒例行事ですから、いまさら驚くには当たりません。
ただ、私の両親はお盆だからといって墓参りをしたことがないし、その家庭で生まれ育った私にも、そういう習慣がありません。
だから、結婚してから一度か二度ほど、お盆の時期に妻の実家に里帰りしたとき、妻のきょうだいと一緒にお墓参りをしたとき、新鮮な気持ち(人生で初めて経験するような気持ちです)がしたことを今でも鮮明に覚えています。

ただし、こうした墓参りを毎年おこなおうと思うことはありませんでした。
そして、お盆の時期は車が混むので、妻の実家に里帰りするのは、お盆を避けてその前後に帰ることが常となり、それ以来、妻の実家のお墓への「墓参り」はしたことがありません。
一応、断っておきますが、私の両親のそれぞれの実家の墓参りは、私の人生でこれまでに一度もしたことがありません。
日本人の感覚からみたら、先祖に対する「先祖不孝」になるのかもしれません。
ただし、もしもそういわれたら、私には十分に反論があります。

それは、こうです。
私は毎朝毎夕、毎日二度ずつ、一日も欠かさず、先祖に対して追善供養をおこなっているからです。
一年で一度、お盆のときだけ墓参りして先祖を供養するのと、一年365日、毎日欠かさず一日に二度ずつ先祖供養をするのと、どちらが「先祖孝行」でしょうか?

とまあ、こんなことはこれぐらいにしまして、本題に入りたいと思います。
私は、日本人がお盆の時期に必ず先祖への供養をおこなうことによって、亡くなった親や先祖に対する気持ちを新たにするのは、悪いことではないと思っています。
それによって、現在を生きている自分自身を振り返ることもできるし、自分が一人だけで生きているのではない、ということを感じる機会にもなるからです。
その意味で、お盆の先祖供養という、日本人独特の風習はこれからもすたれることはないし、続くことを期待します。

ただし、お盆のときだけではなく、私のように一年365日、毎日、先祖供養をするぐらいになれば、日本人はもっと謙虚に、そしてエゴに流されずに思いやりを持てるようになるのではないかな、と思う次第です。
自分勝手な生き方が蔓延しつつある現代において、お盆のときにあたり、こうしたことを考えにまとめてみた次第です。

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