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「侵略戦争への反省とお詫び」が盛り込まれた首相談話に安堵

安倍首相の戦後70年談話を聞きました。
これまで村山首相の50年談話、小泉首相の60年談話を継承して、「侵略」「植民地支配」「痛切な反省」「お詫び」が余すところなく述べられているとともに、戦後70年間のわが国の平和国家としての歩みに触れながら、「その歩みを今後も揺るぎないものとしていく」ことも力強く語っておりました。
私個人としては、歴史認識としてまったく正しいものであり、そして、植民市支配を受けた韓国、中国をはじめとするアジア諸国に対するお詫びは、人間として正しいあり方であると思います。

かつて私が雑誌の編集者時代に、広島の平和イベントの主催者からこのような話を聞いたことがありました。
「私たちは、原爆によってこれほど悲惨な目にあった、ということを日本のみならず、世界各地で訴えてきました。
ところが、アジア諸国では、こう言われたことがありました。
『広島・長崎は原爆で悲惨な目に遭ったというけれど、私たちアジア諸国は、日本の植民市支配のために、非人道的な仕打ちを受け、悲惨な目に遭わされた。
だから、私たちは日本に原爆が投下されたと聞いたとき、もっと原爆が落ちればいい、と思いました』と。
この言葉を聞いたとき、私は広島の反核運動のあり方を根本から考え直しました。
原爆によって悲惨な目に遭った、というだけでは、被害者の立場からものを言っているだけに過ぎない。
しかし、日本の植民地支配によって韓国、中国やアジア諸国の多くの人たちも、被害者なのです。
だから、単に原爆の被害者だから、という理由だけで『ノーモアヒロシマ』と言っても、アジアの人たちには受け入れてもらえない。
そうではなくて、いかなる非人道的な行為も許さない、という人類普遍の立場に立ち、その上で反核運動を起こしていかねばならない」
と。

私も、この話に強く共感しました。
わが国が戦前、犯した侵略、植民地支配によって、どれほど多くのアジア諸国の民衆が傷つけられ、苦しめてられてきたことか。
「日本にもっと原爆が落ちればいい」という言葉は、その苦しさを与えた日本に対する率直な思いが表れていると思います。
それほどまでに、日本はアジア諸国の民衆を植民地支配のなかで苦しめてきたのです。
この事実に目を背けることは、決してあってはならない。

このように言うと、一部の人からこう言われるかもしれません。
「戦前の世界の状況から考えれば、日本だけが侵略や植民地支配をしていたのではない。
先進国は植民地支配をしていたのが当たり前の時代だったのだから、日本の侵略や植民地支配だけが責められるいわれはない」
と。
しかし、これは日本の侵略や植民地支配を正当化する理由にはなりません。
まして、日本の植民地支配によって非人道的な扱いを受けた人たちに「謝る必要はない」などと傲岸不遜な考え方は、到底認められません。

ゆえに、過去の侵略や植民地支配に対して「お詫び」を表明するのは人間として当然のあり方だと私はずっと思っておりました。
だから、今回の安倍首相の談話のなかで「お詫び」が盛り込まれたのは、本当によかったと思っております。

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